河村名古屋市長の行為は器物損壊に当たるのか

最近,はてブコメントしかしていなくて,長文を書くときは匿名ダイアリーにしていたものの,ある程度理屈を付けて残しておいた方が良いかなと思うことも増えてきたので,ダイアリーを復活させることにした。

 

最初の話題としては,なんともというところではあるが,河村名古屋市長が表敬訪問に訪れた選手の獲得した金メダルを噛んでポーズを取ったという話が炎上をしている件について言及したい。

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この件について,はてブを見る限りは批判一色という形になっており,個人的にも一つ一つの批判について,それほど異論があるわけではない。また,河村市長については表現の不自由展を発端とする一連の騒動でマイナスの印象を持っているため,名古屋市民ではないものの,政治家という立場では居てほしくないと思っているので,あまり擁護もしたくないというのが本音ではある。

しかしながら,今回の行為は,少なくとも一昔前には,メダル獲得者本人のパフォーマンスとしてはよく見られたものに過ぎず,ある種の「過失」的に行ってしまったものに過ぎないように思われ,似たような批判が何百と並ぶような炎上をさせるような事だろうかと疑問を抱いた。最近話題になりがちのキャンセルカルチャーやポリティカルコレクトネスの加熱も想起させられるような状況に見える。

そういった中で,今回の行為が器物損壊にあたるものだという指摘を見たので,少しその点を検討しておきたい。

器物損壊の要件

ここでの器物損壊とは,刑法における器物損壊罪を指すものと考える。器物損壊罪については,刑法261条で,

前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

 と規定されている。この「損壊」は,物理的に破壊することのみを表すものでなく,心理的にその物を使用できなくさせるような行為も含んでいるとされている。

よく上げられる有名な事例としては,食器に小便をした行為が器物損壊に当たるとしたものがある。本件は,食器を消毒することで再度使用することが可能であるとしても,心理的に誰も使いたがらないだろうということで,器物損壊の適用を認めているものである。物を所有している利益を保護するという目的を考えれば,物の効用を失わせる行為について,物理的な変化をもたらすものだけではないとすることには合理性があるだろう。いわゆる「事故物件」も似たような考慮がされていると言えるだろう。

金メダルに噛みつくことは器物損壊か

上のように考えると,金メダルに噛みついた今回の行為も,おっさんが噛みついた金メダルを持っていたくない,気持ち悪い行為で価値は失われたのだから損壊だ,という議論はあり得るようにも思われる。しかしながら,少なくとも,刑事罰規定としての器物損壊罪の適用を検討するのであれば,より精緻に,金メダルの物としての効用はどこにあり,それがどのように毀損されたのかを考える必要があるだろう。

陳腐な物言いかもしれないが,金メダルの価値とは,物としてのその物にあるのではなく,オリンピックで1位に輝いた栄誉をたたえる,その象徴としての意義にあるのではないだろうか。そう考えると,他人の金メダルに無断でかじりつく行為は,敬意を欠いた無礼な行為であるかもしれないが,そのことで金メダルが持っている象徴としての価値が,すなわち,選手の努力と,その末の結果の価値が貶められることはないように感じられる。

食器に小便という行為は,食器が物を食べるために使われるものであり,その利用方法ができなくなる以上,効用が失われたと言って良いが,金メダルはそのように「使う」ものではなく,簡単に類推してしまうのは問題があるだろう。

今回,金メダルの持ち主である選手は女性選手だったということもあり,「おじさん」への嫌悪感で,ご本人は,「もうこのメダルを持っていたくない」と感じられているかもしれない。しかし,(こう言うと反発を受けそうではあるが)たかだか,他人の口が付いた程度であり,それを安易に「おじさん」という属性への気持ち悪さで,一般的な損壊に当てはめて良いのかということは考慮せざるを得ないだろう。好きな相手の口であればキスだってできるわけで,一般に口が付いたこと自体が直ちに損壊に当たるような「不潔」な行為であるとは言いがたい。同意がないことにセクハラ的な側面があるとしても,それを物にまで拡張していくことには,それなりに理由が必要だろうと思われる。

もちろん,それも効用との兼ね合いがあり,例えば,好きな子のリコーダーをなめ回すという漫画的なテンプレ行為があるが,これは,リコーダーが同じ部位に口を付けて使うことが想定される物である以上,損壊と言える可能性が高いと思われる。それと金メダルが同じなのか違うのか,立場は分かれるかもしれないが,少なくとも,一般に同じであるとして刑事罰を適用することは困難だろう。

というような辺りで,私の判断としては,今回の行為を器物損壊ということはかなり難しいのではないかということになる。

セクハラには当たるのか

ちなみに,今回のメダル齧り付き行為がセクハラに当たるという言及も多く見られた。ただ,上記のリコーダーなめ回しが,いわゆる「間接キス」を想定した性的行為である事に対し,(本人が)メダルを囓る行為は,前述のように少なくとも昔は一般的に見られたパフォーマンスの一つであり,とっさにそのまねをしてしまったと見られる今回の行為について,性的な要素が生じる余地というのは少ないように思う。これも,おじさんと若い女性という関係性や,パワハラ的な力関係があること,口を付けるという行為自体が持つ性的要素からセクハラではないかという指摘が出ることは感覚的にわからなくもないのだが,問題の本質からずれた批判になっているように感じるところである。